まちかどエッセー3

1枚の色紙と歌声喫茶


「思案がつきたら唄うのが一番」。お店の入り口に色紙が飾ってあります。歌声喫茶を営んで38年。思案が尽きそうな時が何回かありました。その一つが店の家賃を払えなくなった時。


 華々しい新聞報道、テレビ中継、階段に行列ができるほどの開店猛ダッシュ。しばらくは好調だった経営も、数年たってお客さまがとんと入らなくなりまし た。世間では「みんなで歌う」ことより「個で歌う」のが好まれるようになり、歌声喫茶の歴史的使命はそろそろ終わりかなと思い悩む日々。恥ずかしながら家 賃の支払いが滞り、大家さんに「スミマセン、あと10日待ってください」と言わなければならない月末。


 そんな日は必死に気持ちを奮い起こしステージに立ちます。お客さんと肩を組み、歌い交わす「夜明けのうた」や「ケ・サラ」。少ないお客さま総立ちの感動のフィナーレ。気が付けば支払いのことを忘れてしまうんです。そうやって、くじけそうな心を守ったのかもしれません。


 音楽が嫌いになりかけた時、歌い続けたことは私の心を強くしてくれました。多くの名曲に人生の機微を教わりました。


 もつ一つは大震災。直後に、ズタズタの東北道を通り、S夫妻が千葉から支援物資を運んでくださいました。ぼうぜんと片付けを続ける私たちの所へ人が会いに来てくれた、そのことがとてもうれしかった。物が散乱する店内で、ご夫妻と居合わせたスタッフで「早春賦」を歌いました。忘れられないひとときでした。


 さまざまな事件、出来事が追いかけてくる毎日。人が集い歌う「歌声喫茶」。この歌と人の出会いの場所で私は成長させてもらいました。


 考えることに疲れたら歌いましょう。息を吸ったり吐いたりして声を出すと元気が出ますよ。嫌なことや悲しみや苦しみを一瞬でも忘れ、心を立て直す。それが「歌声喫茶」なのだと思っています。


 冒頭の色紙は故井上ひさしさんにいただきました。 さすが多くの修羅場をくぐった方の言葉はスゴイ。


河北新報 2015.12.7