まちかどエッセー6

恩師と歌声喫茶


歌声喫茶につながって忘得ぬ方々がたくさんいます。その中の一人が私のアコーディオンの師、高平続之さんです。東日本大震災後の2011年10月に亡くなられました。

 高平先生は長らく、仙台合唱団、合唱団ふきのとなどの団長、指揮著として活躍されました。演奏直前の眼光鋭い姿が自に焼き付いています。作曲された「雪が降る」や「私の好きなこの町」は今も店で歌われています。

 歌声喫茶ファンの方はご存じかもしれませんが、先生は一番町の歌声喫茶「トロイカ」でアコーディオンを弾いておられました。凛(りん)とした演奏態度は今では伝説となっています。私は仙台で数少ないアコーディオンの名手に教えを乞うたのです。

 ロシア民謡にも造詣が深い方でしたので、「黒い瞳」や「囚人の歌」など、歌声喫茶の定番曲を課題として教えていただきました。「南部クン、君はここの所を間違うのでここだけ100回練習してごらん」「蛇腹はねえ、フレーズの切れ目で返すんだよ」。ご自宅でのレッスンは怒られたり怒鳴られたりしたこともなく、丁寧な指導でした。レッスン料を払おうとすると「いいよ、いいよ。出世払いで」とおっしゃって、貧乏だった私から受け取ろうとしませんでした。

 開店後も気に掛けてくださいました。「南部クン、演奏前に無意味な音出しや指慣らしをやめて、スッと演奏に入ること。その方がステージ全体が締まるんだよ」と、歌声喫茶の伴奏者ならではのアドバイス。亡くなる数年前、「いやあ、南部クン、アコーディオン上手くなったね」と褒めてくださり、「僕はもう体力がなくてね。アコが弾けなくなったよ」とぽつり。私は「高平先生、そんなこと言わないで弾いてくださいよ」と心の中で言うのが精いっぱいでした。

 歌声器茶でアコーディオンを弾いて38年。先生の音色に近づくことができたのか、もう聞けなくなりました。先生が愛したアコーディオンを演奏しながら、教え子は頑張っています。

河北新報 2016.2.1